新御堂寺の縁起については定かではありませんが、寺内に安置されている天正10(1582)年に作られた阿弥陀如来の胎内から見つかった文書に、新御堂寺の名称が記されていることから、新御堂寺はそれ以前から存在していたと考えられています。
現在新御堂寺がある場所には、かつて護国寺という寺院がありました。元禄11(1698)年、川間尻(現在の袖ケ浦市坂戸市場地区辺り)にあった不動様が、小櫃川の氾濫による洪水の心配の少ない護国寺の境内に移されて不動堂が建てられ、「高柳不動尊」として篤い信仰を受けてきました。
その後、明治45(1912)年に阿光堂(現在の岩根中学校の隣りの墓地)の境内にあった新御堂寺が、現在の場所に移されたといわれています。
大正5(1916)年に本堂が建立されたものの、2年後の大正7(1918)年に消失してしまいましたが、昭和9(1934)年に檀家から母屋の寄進を受けて本堂とし、法灯を守り続けてきました。 |