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頼朝伝説を今に伝える鎌倉街道 ◆
源頼朝にまつわる伝説には鎌倉道(古道)が出てきます。
地元(小浜地区)に昔から伝わっていた「鎌倉街道」は、ここを通って頼朝が西暦1185年(元暦2年→文治元年)の混乱期に軍勢を従えて、現在の畑沢に集結したとされています。
畑沢の地名は、とても良い竹の産地でもあり、頼朝はこの地で竹を切り出して軍旗(白旗)を作ったことから、この地を旗竿村と命名し、それが畑沢村となり現在に至ったとも伝えられています。
畑沢地域も含めて、鎌倉へ攻め入ったときに通った鎌倉街道といわれていた街道がいくつも存在します。しかしながら近年の開発などでその一端すらうかがえる街道は少なくなっています。
港南台1丁目から港南台2丁目までの大久保地区との尾根沿いにわずかにまだ昔の面影を残す街道(古道)が残っています。
地元住民の協力によって現在も歩くことができます。
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